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* 各中継局のテロップを出し、山形市街地の風景(七日町など)、山形県民の女性(当時在籍していた当局のアナウンサーも含まれる)がカメラ前で一人ずつ振り向くもの。ネットチェンジ後の約1年は3ヵ月毎にキャッチフレーズに合わせた画像を基本に放送していた。アナウンスはなかった。
 
* 各中継局のテロップを出し、山形市街地の風景(七日町など)、山形県民の女性(当時在籍していた当局のアナウンサーも含まれる)がカメラ前で一人ずつ振り向くもの。ネットチェンジ後の約1年は3ヵ月毎にキャッチフレーズに合わせた画像を基本に放送していた。アナウンスはなかった。
 
* 1993年4月1日のネットチェンジ当日では、'''「山形テレビでは、きょうからテレビ朝日系の番組をお送りします。どうぞおたのしみください。」'''という主旨の字幕スーパーが挿入された。ネットチェンジの際、「かわるぞ 喜・怒・哀・楽」というキャッチフレーズを使用しており、1993年3月28日にはこのタイトルを使ったネットチェンジ特番も放送されている。
 
* 1993年4月1日のネットチェンジ当日では、'''「山形テレビでは、きょうからテレビ朝日系の番組をお送りします。どうぞおたのしみください。」'''という主旨の字幕スーパーが挿入された。ネットチェンジの際、「かわるぞ 喜・怒・哀・楽」というキャッチフレーズを使用しており、1993年3月28日にはこのタイトルを使ったネットチェンジ特番も放送されている。
クロージングは山形県内の夜景、他。
 
 
* BGMは独自。
 
* BGMは独自。
 
; 1993年 - 2001年頃
 
; 1993年 - 2001年頃

2020年1月17日 (金) 21:44時点における最新版

株式会社山形テレビ
Yamagata Television System,Inc.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称
本社所在地 日本の旗 日本 
山形県山形市城西町5丁目4番1号
電話番号
設立 1970年4月1日
業種 情報・通信業
事業内容 放送法によるテレビジョン放送
代表者 代表取締役社長 岡 正和
資本金 3億7845万円
売上高
総資産
従業員数
決算期
主要株主 株式会社テレビ朝日(19.9%)
株式会社朝日新聞社(15.04%)
主要子会社
関係する人物
外部リンク http://www.yts.co.jp/
特記事項:
山形テレビ
英名Yamagata Television System,Inc.
放送対象地域山形県
キー局テレビ朝日
ニュース系列ANN
番組供給系列テレビ朝日ネットワーク
略称YTS
愛称YTS
呼出符号JOYI
呼出名称YTSやまがた
デジタルテレビジョン
開局日1970年4月1日
本社〒990-8511 山形県
山形市城西町5丁目4番1号
演奏所本社と同じ
アナログ親局山形 38ch
ガイドチャンネル38ch
リモコンキーID5
デジタル親局山形 18
主なアナログ中継局放送チャンネルの項を参照
主なデジタル中継局鶴岡 18ch・新庄 21ch
米沢 34ch・小国 38ch
公式サイトYTS 山形テレビ ホームページ
特記事項:
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株式会社山形テレビやまがたテレビYamagata Television System Inc.)は、山形県放送対象地域としてテレビジョン放送をする特定地上基幹放送事業者である。

略称はYTSコールサインJOYI-DTV

概要[編集]

  • テレビ朝日をキー局としたANN加盟の放送局で、山形新聞と結びつきが深い。山形テレビのホームページ上には山形新聞のリンク先のバナーがあるが、2007年6月に山新グループを脱退した。
  • 国内のローカル局において初めて、山形新聞社系列の山形放送と共同で蔵王山西部に地上デジタル放送対応の送信所を建設、2003年に運用を開始した。なお、当時は山形テレビも山形新聞社系列だった。運用開始当初はアナログ放送機と送信アンテナ、電源装置のみ設置し、後にデジタル送信機も設置された。UHF送信アンテナと鉄塔は既存のアナログ放送のものを継続使用している。
  • 山形テレビの主要株主は、テレビ朝日・朝日新聞。ほかに毎日新聞読売新聞、さらにかつてはフジテレビ系列だったことからフジテレビ・産経新聞(現在は山形テレビの10位以内の株主に名を連ねていない)の資本も入っている。以前は山形新聞が筆頭株主だった時代もあったが、マスメディア集中排除原則による行政指導などの理由で山形新聞が原則を超えて保有していた分はテレビ朝日、朝日新聞を中心に売却された。
  • しかし山形新聞は原則の上限いっぱいである発行済み株式の10%を引き続き保有、また山形放送とも株式の持ち合いを行っており、友好関係は現在も続いている。

会社概要[編集]

主要株主[編集]

資本構成は以下の通り(2008年3月31日時点)[1]

名称 所有株式数
1 テレビ朝日 1万5,060株
2 朝日新聞社 1万1,390株
3 山形新聞社 7,560株
4 カメイ 6,000株
5 荘内日石 5,870株
6 山形放送 5,720株
7 フジ・メディア・ホールディングス 5,460株
8 前田製管 5,200株
9 山形銀行 3,000株
9 荘内銀行 3,000株
  • 払込資本金3億7,845万円(授権資本12億円)
  • 発行済株式総数7万5,690株
  • 期末株主数 16


チャンネル[編集]

ファイル:ANNID.png
テレビ朝日系列のリモコンキーID地図
  • 親局
    • 山形(西蔵王高原) 18ch (JOYI-DTV)
  • 中継局(物理チャンネル順。2010年12月現在)

【村山地方】

  • 山形山寺 18ch
  • 山形東沢 18ch
  • 蔵王温泉 18ch
  • 尾花沢牛房野 18ch
  • 尾花沢銀山 21ch
  • 東山形 31ch
  • 尾花沢 39ch
  • 東天童 39ch
  • 東根関山 43ch
  • 朝日町 44ch

【置賜地方】

  • 高畠 23ch
  • 高畠時沢 31ch
  • 長井 33ch
  • 白鷹下山 33ch
  • 白鷹佐野原 33ch
  • 米沢(天元台高原) 34ch
  • 米沢舘山 35ch
  • 小国 38ch
  • 飯豊中津川 42ch
  • 白鷹黒鴨 44ch
  • 飯豊 46ch

【最上地方】

  • 新庄(杢蔵山) 21ch
  • 羽前金山 21ch
  • 真室川高坂 37ch
  • 最上前森 44ch
  • 戸沢 46ch

【庄内地方】

  • 鶴岡(高館山) 18ch
  • 温海 18ch
  • 鶴岡三瀬 44ch
  • 朝日東岩本 44ch

アナログ放送[編集]

2011年7月24日停波時点

  • 中継局(チャンネル順)

村山地方

置賜地方

  • 長井 23ch
  • 小国 39ch
  • 白鷹下山 41ch
  • 白鷹佐野原 42ch
  • 高畠 47ch
  • 米沢小野川 48ch(アナアナ変換で40chから変更)
  • 米沢大沢 55ch
  • 米沢舘山 55ch
  • 飯豊 57ch
  • 米沢(笹野山) 58ch(米沢デジタル局は天元台高原に設置)
  • 白鷹黒鴨 61ch
  • 高畠時沢 62ch(アナアナ変換で40chから変更)

※小野川局、高畠時沢局のアナアナ変換はさくらんぼテレビ米沢デジタル局開設に伴うもの。

最上地方

  • 羽前金山 41ch
  • 真室川釜淵 41ch
  • 鮭川 49ch
  • 鮭川中渡 54ch
  • 最上前森 55ch
  • 戸沢 56ch
  • 真室川高坂 56ch
  • 新庄(杢蔵山) 58ch

庄内地方

  • 鶴岡(高館山) 39ch
  • 温海 42ch
  • 鶴岡三瀬 57ch
  • 温海鼠ヶ関 57ch
  • 朝日東岩本 61ch

歴史[編集]

ネットワークの移り変わり[編集]

  • 1970年4月1日 - フジテレビフルネット局として開局(※フルネット局は山形県初)したが開局時にNETテレビ(現: テレビ朝日)の番組の一部が山形放送から移行されていた。
  • 1975年4月1日 - ANNに加盟。これによりフジテレビ・テレビ朝日系クロスネット局となる。
  • 1980年4月1日 - ANNを含めたテレビ朝日の番組の大部分が山形放送に移行(これによりANNを脱退。但し一部の番組は引き続き放送)フジテレビ系単独局に戻るが山形放送から日本テレビ系の一部番組が移行する。つまりこの時期、日本の民放テレビ5系列全ての番組を放送していたことになる。
  • 1989年10月1日 - テレビユー山形の開局に伴い、TBS系列の番組が姿を消し、民放テレビ4系列に減る。
  • 1993年4月1日 - キー局を開局以来ネットしていたフジテレビからテレビ朝日にネット変更。FNN・FNSを脱退しANNに再加盟しテレビ朝日系フルネット局となる。同時に日本テレビ系の番組の全てが山形放送に移行、フジテレビ系の番組は大部分が打ち切りとなったが、ごく一部はテレビユー山形(TBS系)に移行される。逆に、民教協番組以外のテレビ朝日系の番組が山形放送及びテレビユー山形から移行し、既に山形テレビで放送されていた番組と併せて一本化される。

ネットチェンジ[編集]

1993年4月、YTSはネットチェンジ」(フジテレビ系列からテレビ朝日系列へ鞍替え)という劇的な一変を遂げ、県民に多大な影響を与えている。地上波テレビ局において、今日では最も特殊な事例と言える。

要因[編集]

ネットチェンジの直接的な引き金と見られるものが、1989年(平成元年)に開局したエフエム山形テレビユー山形(TUY)に対抗すべく実施した新規事業が軒並み失敗したことである。ハリウッド映画リ・アニメーター2(死霊のしたたり2)』『グランド・ツアー』への出資、健康食品避妊薬などを扱う製薬会社「バイオ科学研究所」の設立、「クルーガーランド金貨」の発行、ビデオソフトの製作など、様々な事業に手を出したものの、軒並み損失を出す結果となり、収益が悪化した。

1992年(平成4年)9月25日、YTSはフジテレビの猛反発を押し切って、ANNへ加盟申し入れを行う。これに対して、フジテレビは異議を唱え、1992年(平成4年)12月より4か月間、FNN/FNSの全てのネットワークセールス番組のスポンサーとの交渉をYTSだけ単独で行わせるペナルティを科したものの、YTSは予定通り1993年(平成5年)3月31日、半ば強引にFNN・FNSを脱退し、フジテレビ系列の番組を全て打ち切った。YTSのFNN・FNS脱退は、同じくFNSを脱退した札幌テレビ(STV、1972年3月までNNN/FNS加盟のクロスネット)・広島テレビ(HTV、1975年9月までNNN・NNS/FNN・FNS加盟のクロスネット)・テレビ山口(tys。当時はTYS表記、1987年9月までJNN/FNS加盟のクロスネット)の3局[注釈 1]とは異なり円満脱退ではなかった。翌4月1日にANNに正式加盟、秋田朝日放送(AAB)に次いで19局目のテレビ朝日系列フルネット局として再スタートした。

当時、テレビ朝日系列に加盟する理由は視聴者やフジテレビに説明されることはなかった。ただ、一説にはテレビ朝日や(東北地方を中心とした)系列局が債務保証したのではないかと言われている。当時「全国4局化政策」に乗って系列局を増やしたかったテレビ朝日側としては、一つのテレビ局を新設するよりも既存局を自系列に加入させる方が遥かに安上がりだからである。騒動が勃発する前年の1991年(平成3年)、山新グループを率いていた〝山形の首領(ドン)〟こと服部敬雄が死去したことで、経営に苦しんでいたYTSは身動きがとりやすくなり、それでフジテレビ系列を脱退するという「禁じ手」を実行できた。一時属していたテレビ朝日系列へのネットチェンジは、(上記の債務保証が条件ならば)当然の選択肢とも言える。ただし、ネットチェンジを決定した当時の役員は、「クロスネットの解消と株主の意向」と理由を説明している。

そのYTSは開局当初、日本教育テレビ(NETテレビ。現在のテレビ朝日)をキー局として一部TBS番組をネットする構想があり、それを前提として朝日新聞・毎日新聞系列の株主が多数存在していた。結局、開局前に株主と経営者間で紛争が生じ、これを調整すべく服部が乗り出して元来関係が乏しかった山新グループに入り、且つ、服部と鹿内信隆・フジテレビ会長との間の個人的な関係もあり、服部の「鶴の一声」でフジ系列となった。1970年代終盤に毎日系の株式が朝日関係者にわたったため、同社の株主の多くが朝日系となっていた。実は、ANN加盟局がYTSからYBCに移り、同時にYBCに朝日系の番組が移行した時期もこの頃であり、服部がテレビ朝日からの影響力を2局に分散させることでYBC・YTS両局を自身の影響下に置き続けようとしたと見られる。従って、この株主たちが服部の死去をきっかけに「蜂起」し、その突破口が多額の債務だったとすれば、ネットワークが変わってもおかしくはない。それが先述の「株主の意向」のゆえんである。

実施と功罪[編集]

ネットチェンジを行った1993年(平成5年)3月末日までの新聞のYTSのテレビ欄には、完結していないドラマ・アニメも含め、(終)マークが並ぶこととなった。自社製作番組やテレビ東京系列番組など、一部は継続し、(YBCからあふれたため)山形テレビで放送していた日本テレビ系の番組も、NNN・NNS単独ネット局となったYBCへ移行。ネットチェンジはYBCの協力もあり、スムーズに遂行された。山形県の視聴者にとっては1980年(昭和55年)に続く番組編成の激変だったが、YTSとしては開局23年にしてようやくなるべき系列になったとも言える。

ネットチェンジする8日前の3月24日、生放送内で視聴者からのFAX紹介をしていた『ミュージックジャーナル』において、「山形県での放送が打ち切られることになったため、どうしても見たいのに見られなくなる」「近隣県の系列局で見なければならない」などの意見が多数送られ、それが紹介されるという事態が発生した。

こうしてYTSはテレビ朝日系列局に生まれ変わったが、当時のテレビ朝日はフジテレビとは対照的で人気番組が少なかったことに加え、ネットチェンジによって県民の猛反発を受けたことから、視聴率は大きく低迷。さらに、CM提供していた地元スポンサーの一部が撤退(後にフルネット化により復活)する程のマイナスイメージを植えつけられてしまい、経営改善のためのネットチェンジは、皮肉にもイメージ悪化や経営悪化を招き、YBCやTUYに流れるきっかけにもなった。また、ネットチェンジに伴いフジテレビは1993年4月1日に、山形県内のFNNの取材拠点としてフジテレビ山形支局を開設した。

なおテレビ朝日系列は、1985年(昭和60年)に発覚した『アフタヌーンショー』のやらせ発覚、YTSのネットチェンジ前年に発覚した『素敵にドキュメント』のやらせ発覚や(この2番組はYBCで放送。前者は当日時差ネット、後者は同時ネット)、YTSのネットチェンジ直後に発覚した椿事件などの不祥事を起こしており、系列全体のイメージが低下していた。

ネットチェンジによって山形県はフジテレビ系列の空白地域となり、フジテレビはFNS脱退後もフジテレビ系番組のネットを行い、且つ『おはよう!ナイスデイ』などのフジテレビ系同時ネット番組が2000年6月まで残り、2009年3月まで土曜19時台を『オレたちひょうきん族』や『ネプリーグ』などのフジテレビ系遅れ放送枠としたTYSと[注釈 2]、1993年10月にNNN・NNSマストバイ局になった後もフジテレビ系番組の番販ネットを行っている山口放送(KRY、日本テレビ系列)の山口県内の民放2局とは異なり、YTSとNNN・NNSマストバイ局になったYBCに対してフジテレビ制作番組はもちろんのこと、関西テレビ制作番組など系列局制作番組も含めて、全てのフジテレビ系番組の番組販売を拒否した[注釈 3]。そのため、1993年(平成5年)4月から4年間、フジテレビの番組の一部は、TUYのみが購入して放送していたが、これらの番組は深夜および午後のローカル枠にて放送されていた[注釈 4]。ただし、諸般の事情によりネットできたフジテレビ系番組は『サザエさん』や『ねるとん紅鯨団』などごく一部にとどまり、『笑っていいとも!』や『とんねるずのみなさんのおかげです』などのバラエティ・アニメ番組を購入・放送しなかったため、TUYにも苦情が相次いだという。これらの影響から、新たなアンテナを設置して、近隣県にあるフジテレビ系列の放送局を視聴していた世帯もある。さらに、ケーブルテレビ山形(山形市など)やニューメディア(米沢市など)では、フジテレビ系列である仙台放送が視聴できたため、それらに加入する世帯が増加した。この結果、YTSのネットチェンジ以降におけるYTSとYBCの2局における他系列番販ネットはテレビ東京系番組のみとなっている。

その一方で、ネットチェンジにより山形県においてテレビ朝日の看板番組であった『ニュースステーション』がスタートし[注釈 5]、YBCでは時差ネットを余儀なくされた番組がネットチェンジにより同時ネット化された[注釈 6]。また、上記のようにYBCの協力によりネットチェンジされたため、1980年からYBCとYTS間で続いていた変則的なクロスネット状態は解消された。

現在[編集]

その後、山形財界やフジテレビ、さらに東北地方系列局(岩手めんこいテレビ・仙台放送・秋田テレビ福島テレビ)の後押しや山形県民の署名運動もあり、1997年(平成9年)4月にフジテレビ系列局・さくらんぼテレビジョン (SAY) が開局。県民を混乱に陥れたYTSのネットチェンジは一応の解決を見ることとなった。ただ、SAYは送信所・中継局が他局に比べ少なく、難視聴・受信不可の地域もあるため、該当する地域では、ネットチェンジの影響が残っているとも言える。とは言え、総務省による「後発民放局支援スキーム」や該当市町村による支援次第では、今後問題を解決することができる状態にある。

その後、YTSは平成新局の多いテレビ朝日系列、特に東北ブロックにおいて、制作力底上げにも貢献。テレビ朝日系列局として県民にも定着するようになった。2007年(平成19年)には山形新聞グループを脱退し(友好関係は継続)、名実ともに朝日新聞系列の仲間入りを果たしたことで、開局時から県民を巻き込んでの騒動を繰り広げるもととなった経営上の混乱は、37年間の時を経て収束したと言える。

なお、YTSのホームページにある会社概要内のプロフィール欄には、テレビ朝日系列局と県域局であることが書かれているだけで、ネットチェンジに関する事柄が全く書かれていない。ただし、FNSのホームページの沿革欄には「山形テレビがネット解消を通告」と書かれている[2]

また過去に、1996年10月 - 2003年9月まで使用されていたANN系列のシンボルマークを併用することが非常に多く見られ、YTS側もテレビ朝日系列局と強調したい意味合いもあったものと思われる。

山形テレビのネットチェンジ顛末については、小田桐誠著『テレビ業界の舞台裏』(三一書房刊)、『2000年のテレビジョン』(角川書店)に詳しく書かれている。

オープニング・クロージング[編集]

オープニング[編集]

- 1990年代初頭
  • 1980年代 - 1993年 静止画オープニング&夜の社屋の映像クロージングなど
    • オープニングは1990年代初頭頃までは静止画のみであったが、後に昼間の社屋の写真や電子テロップによる中継局スクロールが挿入されるようになる。何れもBGMはクラシック調。後に昼間の社屋をバックにコールサインと中継局スクロールが挿入され、BGMも独自のものに変更された。
    • 「JOYI」(「-TV」はなかった)の静止画が出た後に、各中継局が静止画で表示された。BGMは、クラシック音楽
    • なお、オープニングやクロージングでは、コールサイン読み上げや表示は本来「JOYI-TV」になるはずであるが、なぜか一時期は「JOYI」とアナウンスされていた(通常「JO**」の後に何もつかないのはAM。JOYIと書かれたテレビカードを映し出すパターンも存在した)。
1990年代初頭 - 1992年頃
1992年頃 - 1993年3月
  • 日中のYTS社屋の写真をバックに、コールサインと各中継局のテロップのスクロール。BGM自体は、変更される。
1993年 - 1996年頃 喜怒哀楽 YTS ほか
  • 各中継局のテロップを出し、山形市街地の風景(七日町など)、山形県民の女性(当時在籍していた当局のアナウンサーも含まれる)がカメラ前で一人ずつ振り向くもの。ネットチェンジ後の約1年は3ヵ月毎にキャッチフレーズに合わせた画像を基本に放送していた。アナウンスはなかった。
  • 1993年4月1日のネットチェンジ当日では、「山形テレビでは、きょうからテレビ朝日系の番組をお送りします。どうぞおたのしみください。」という主旨の字幕スーパーが挿入された。ネットチェンジの際、「かわるぞ 喜・怒・哀・楽」というキャッチフレーズを使用しており、1993年3月28日にはこのタイトルを使ったネットチェンジ特番も放送されている。
  • BGMは独自。
1993年 - 2001年頃
  • 各季節ごとの山形県内の環境映像(雛祭り・酒田まつりパレードなど)。後に、クロージングと共通の映像になる。
2001年頃 - 2006年
  • BGMは、山形県内で活躍している歌手・須貝智郎が歌っている同局の環境キャンペーンソング「湧水の詩」。年、季節によって映像は異なっていた。
2006年 - (デジタル試験放送開始時 - ) - 最上川の春夏秋冬
  • クロージングと共通映像で、最上川の春夏秋冬を映した環境映像。季節ごとに、映像・BGMが異なる。アナログ放送では、各中継局が紹介されるが、デジタル放送では「リモコン5chでどうぞ」と表示されるのみ。コールサインもアナログ、デジタルで異なっていた。

クロージング[編集]

- 1980年代後半
  • BGMに、ニーノ・ロータの「道」が流れパステル調の絵をバックに「おやすみなさい…」のテロップが入る静止画、その後静止画によるコールサインと中継局一覧が表示され、「あすもYTSの番組でお楽しみください」と表示されて終わった。
1980年代後半 - 1990年代初頭
  • グリーンバック(青緑色に近い)に「JOYI-TV 山形テレビ」のテロップがズームインし、画面下部に「おやすみなさい…」のテロップが入りズームアウトして映像もフェードアウトするものとなる(アナウンスは、小池一子)。また、日中のYTS社屋の写真をバックに、コールサインと局名、そしてアナウンスが入るシンプルなもの放映されていた(アナウンスは、鈴木千尋)。
1990年代初頭 - 1993年3月
  • 社屋にあった「YTS」のサイン看板をズームアウトし、夜間の社屋の全景をバックにしたもの。BGMはエレキギターの弾き語りのみ(BGMが途切れる場合が多かった)。アナウンスは、田岡明
1993年4月 - 1996年
  • 山形市内の夜景に中継局表示を映したもの。最後には画面の中央に「Good Night!」、右下に「JOYI-TV 山形テレビ」と表示(音声多重放送開始後は「音声多重放送」も)。アナウンスはなし。
  • 映像自体は、幾度か変更されている。
1996年頃 - 2001年頃 山形県内の環境映像
  • 映像は、季節に合わせて3ヶ月に1回程度のペースで更新されていた。BGMは独自。
  • ここからオープニングと同じ映像を使用されるようになった。
  • クロージングの最後には画面の中央に「See you soon!」、右下に「JOYI-TV 山形テレビ」と表示。
2001年頃 - 2006年
  • BGMは、山形県内で活躍している歌手・須貝智郎が歌っていたYTSの環境キャンペーンソング 「湧水の詩」。
  • オープニングと同じく、年・季節によって映像などは異なるが、最後に「See you soon!」と表示。
2006年 -
  • オープニングと共通映像で、最上川の春夏秋冬を映した環境映像。季節ごとに、映像・BGMが異なる。
  • アナログ放送では、各中継局が表示されたのに対して、デジタル放送では「リモコン5chでどうぞ」と表示されている。コールサインもアナログ放送、デジタル放送で異なっていた。

2011年7月24日 アナログ終了時[編集]

  • ブルーバック画面に「JOYI-TV 山形テレビジョン これで、山形テレビのアナログ放送を終了いたします。 長い間ご視聴いただきまして、ありがとうございました。」という文字をいれ、「JOYI-TV。こちらは、山形テレビジョンです。本日で、山形テレビのアナログ放送は終了いたします。長い間ご視聴いただきまして、ありがとうございました。」とアナウンスを行った。

代表的な番組[編集]

自社制作[編集]

東北地方以外のANN系列番組[編集]

テレビ東京 (TX) 系列の番組[編集]

テレビ東京系列の番組の放送数はTUYに比べれば少ないものの、YBCとほぼ互角である。

再放送枠[編集]

  • ドラマタウン(主に、ゴールデンタイムに放送されたテレビ朝日系の1時間ドラマの再放送。月曜 - 金曜 9:55 - 10:50)
  • ドラマな2時間(主に、ゴールデンタイムに放送されたテレビ朝日系の2時間ドラマの再放送。火曜 - 金曜 13:55 - 15:50)
  • ドラマ再放送枠(月曜 - 金曜 16:00 - 16:53)
  • 新婚さんいらっしゃい!(土曜 12:30 - 13:00)
  • 土曜ドラマタウン(主に、ゴールデンタイムに放送されたテレビ朝日系の1時間ドラマの再放送。土曜 10:30 - 11:25)

その他[編集]

時刻出し[編集]

フォントは平成丸ゴシックである。

平日
土曜
  • 4:15 - 9:29
日曜
  • 4:15 - 7:58:30

イメージキャラクター[編集]

1999年9月1日、開局30周年を記念してイメージキャラクター「みるるん星人(みるるにあんず)」が誕生した。

核となる緑のみるるん星人の名前は「みるるん@あっと」で、「みるるん星」からやってきた宇宙人という設定である。なお「みるるん星」は宇宙の彼方Y38星雲にあることになっており、男女の区別もない。他に仲間として、妖精型の「みにみる」達(「みにみる@ちゃっと」、「みにみる@どっと」、「みにみる@さいと」、「みにみる@ひっと」)、アニマル型の「みるるん@みるぽっち」が設定されている。キャラクター群は、金曜23時10分から放送されている「みないと」の紙芝居形式のコーナー「みるるん@劇場」で起用されているほか、番組公式サイトでも紹介されている。また、関連商品として飲料水「みるパインサイダー」(山形県酒類卸株式会社)や、菓子「たべてみるるん」(杵屋本店)などが販売されている。

山形県内にある放送局のキャラクターとしては、さくらんぼテレビジョンの「ハート」(SAYランドの仲間たちのうちの一匹)、山形放送の「ぷにゅん」に続くものである。なお、テレビ宮崎も類似名のキャラクター「みるるん」を起用しているが、テレビ宮崎の場合はUMKの社名ロゴの向かって左側についているという殆どシンボルマーク的な扱いで、また最近ではイルカの「ゆっぴー」が正式なマスコットになっているのに対して、山形テレビの場合は人型でキャラクター名にアットマークが含まれることが相違点である。

アナウンサー[編集]

現職[編集]

男性
女性

かつて在籍していたアナウンサー[編集]

男性
女性

主なイベント[編集]

  • YTS沖縄YOU・遊塾(毎年3月下旬開催 対象は小学校4年生~中学校3年生)
  • YTSマンモスフリーマーケット(毎年4月下旬開催 会場は山形ビッグウイング)

その他[編集]

  • 1970年代前半に開局した日本の地上波テレビ局で、ネットワーク系列局では最後に音声多重放送を開始した。要出典
同時期に開局した局(1960年代末に開局した局も含む)の場合人口150万人を下回る地域の局でも遅くとも1990年前後には音声多重放送を導入したことが多かったものの、テンプレート:要検証
一例では、隣県の福島放送では1981年の開局と同時、同じ1970年に開局したANN系列の広島ホームテレビは1985年、1969年開局の瀬戸内海放送や1978年開局の静岡朝日テレビでも1990年、1975年開局の東日本放送でも1991年開始である。[注釈 7][注釈 8]
  • 視聴率は1993年以降、山形放送に首位の座を奪われることが多くなり、2013年現在でも三冠王を獲得したことがない(フジテレビからテレビ朝日へのネットチェンジへの影響もある)。ただし、キー局のテレビ朝日の視聴率が2000年代後半以降好調傾向にあることから、2位に躍進することがある。実際、2008年の年間・年度視聴率で、山形県内の民放局では、全日・プライムタイムで2位であり2012年年間視聴率は県内の民放局では、全日・ゴールデン・プライムタイムで2位であった[3]
  • ウォーターマークはCM中などを除き「YTS5」と表示されている。
  • 朝まで生テレビ!』は2009年9月までオープニングから放送していたが、2009年10月より25:34から(テレ朝では25:25)の飛び乗りとなっている。
  • 2008年よりスカパー!Jリーグ中継のモンテディオ山形ホームゲームの中継制作を担当している(2007年は仙台放送が担当した)。実況アナウンサーは小出匡志、リポーターには「成田ひみこ」名義で成田比巳子(元アナウンサー、現同社所属記者)が担当している。
  • モンテディオ山形との関連は県内他放送局と比べて強く、『YTSゴジダス』内でレギュラーコーナーを持っていたり、J1昇格DVD制作を手掛けている。
  • 2011年3月11日には東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の停電によって起きた東日本放送の一時停波中、本局のSNG車経由で東日本放送からテレビ朝日への情報発信が行われた[注釈 9]
  • 「y」を図案化したロゴマーク(社員バッチになっていること、開局時代から使用されていることから社章と思われる)が存在する。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. 札幌テレビ・広島テレビはフジテレビ系新局(北海道文化放送テレビ新広島)開局に伴うものであり、テレビ山口は「JNNニュース22プライムタイム」開始に伴いJNN排他協定に抵触するため、それぞれ円満脱退となっている。
  2. TYSは、FNS脱退後も『おはよう!ナイスデイ』を終了までネットした他、最後の同時ネット番組だった『ミュージックフェア』も2000年6月までネットした。土曜19時台は2009年4月からTBS系同時ネットに変更。
  3. ただし、再放送番組についてはYBC・YTSでも放送された。これはフジクリエイティブコーポレーション(FCC)がフジテレビの権利が失効した後も権利を受託しているテレビドラマ等の再放送番組を引き続きYBC・YTSに販売していたことや、FCC経由の他に制作会社から直接購入したテレビアニメ等もあるため。
  4. 本来であればYBCでネットできたはずだったが、先述の通りYTSのネットチェンジに大きく関与していたことが原因である。
  5. ネットチェンジ直前の1993年1月19日皇太子妃雅子の婚約が内定した際、臨時にYBCにて23時前まで『ニュースステーション』をネットした経験がある。
  6. ミュージックステーション」も、YBCではそれまで水曜深夜23時55分から時差ネットしていたが、ネットチェンジにより同時ネット化。同局にて午前10時15分から放送されていた「徹子の部屋」もネットチェンジにより同時ネット化されている。
  7. それらはいずれも当局のネットチェンジ前の事象であり1993年ネットチェンジ時点でのフジテレビ系列でも唯一の音声多重放送非実施局であった。
  8. フジテレビ系では開局と同時にスタートした岩手めんこいテレビを除くと、1991年12月にスタートした山陰中央テレビが最後に音声多重放送を実施している。
  9. 2011年4月29日放送の「ANN報道特別番組 つながろう!ニッポン~テレビが伝えたこと 伝えたいこと~」より。

出典[編集]

その他の山形県の放送局[編集]

外部リンク[編集]

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