ルート20 (暴走族)

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ルート20」(「ルートにじゅう」、または「ルートトゥエンティ」)は、日本の暴走族である。英表記は「ROUTE20」「Route20」「ROUTE TWENTY」。漢字表記は「琉憂兜貮拾」「流優斗貮拾」など。名称は「国道20号」(甲州街道)を意味する。

1975年にはチーム名を「ルート20カークラブ」に改名している。

概要

1969年に国道20号線(甲州街道)の沿線である調布市を本拠地として誕生。幡ヶ谷、府中市、聖蹟桜ヶ丘、日野のほか、関東エリア全域に支部を持つ巨大チームであった。調布総本部は「ルート20調布」とも名乗っており、国道20号線沿いには他にも「ルート20」と付くチームが多数存在し、それらを総称した「ルート20ファミリー」としても活動していた。

1971年(昭和46年)には川崎市を本拠地とした「アーリー・キャッツ」、浅草を本拠地とした「スペクター」と共に、連合体「CRS連合」を立ち上げる。「CRS連合」は暴走族の連合体としては関東最大の規模を誇り、合同集会では、数百台のバイクと1000人を超える大人数で都内を爆走。単体の暴走族では太刀打ちできず、道を開けるしかなかった。これに対抗するために、他の暴走族も打倒CRSを掲げ次々と連合体を結成。暴走族の勢力争いは激化していくこととなる。

天敵

敵対チームは世田谷・杉並を拠点とする上北沢鬼面党。ルート20が甲州街道を上って都内へ出る際には原付にのり、武装した少数の鬼面党から奇襲を受けた。1980年代半ば、松原陸橋の抗争では鬼面党側から重傷者が出ている。その対立抗争は平成3年まで続いた。